「鳥羽・伏見の戦い」で、すべてが崩れ始めた。
それまで信じていたものが、一気に音を立てて崩れていく。
幕府は敗れ、時代は変わり始めていた。
それは誰の目にも明らかだったはずだ。
それでも、新選組の隊士たちは、剣を捨てなかった。
なぜなのか。
勝てる見込みがあったわけではない。
むしろ、戦えば戦うほど不利になることは、 彼ら自身が一番よくわかっていたはずだ。
それでも彼らは戦い続けた。
それは「勝つため」ではなく、
「貫くため」だったのかもしれない。
近藤勇が掲げた理想。
土方歳三が守ろうとした規律。
そのすべては、時代の流れの中では、
すでに過去のものになりつつあった。
それでも彼らは、それを「間違いだった」とは思わなかった。
むしろ、最後まで信じ抜くことで、
自分たちの生き方を証明しようとしていたのではないか。
時代が変わるとき、
正しさもまた、簡単に塗り替えられてしまう。
だが、信じたものまで手放してしまえば、
自分という存在そのものが、
どこか曖昧になってしまう。
だからこそ彼らは、剣を捨てなかった。
それは、時代に抗うためではなく、
自分自身を裏切らないための選択だったのだと思う。
やがて彼らは、京を離れ、江戸へと向かう。
それは敗走のようにも見える。
だが本当にそうだったのだろうか。
そして話は「江戸を離れた選択、それは敗北ではなかった」へと続いていく。
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