2026年7月19日日曜日

三国志 劉備玄徳シリーズ⑮ 成都に入る

三国志 劉備玄徳シリーズ 成都に入る

成都の城門が、ゆっくりと開かれていった。

長く閉ざされていた巨大な門の向こうから、朝の光が細く差し込む。

その光の中へ、劉備は静かに馬を進めた。

勝者を迎える太鼓は鳴っていた。

道の両側には、成都の民が幾重にも並んでいた。

新しい主の姿を見ようとする者。

深く頭を下げる者。

不安そうに子どもの手を握る者。

歓声は上がっていたが、その声のすべてが喜びから生まれたものではないことを、劉備は知っていた。

つい昨日まで、彼らの主は劉璋だった。

城門の内側には、戦いの気配がまだ残っている。

傷ついた城壁。

土に落ちた折れた矢。

帰らぬ者を待つ家々。

劉備は、それらを見ないふりはしなかった。

少し後ろには、諸葛亮がいた。

いつものように落ち着いた表情で、静かに成都の町を見つめている。

その隣には、長い戦いを支えてきた家臣たちが続いていた。

誰もが、この日を待っていたはずだった。

流浪を重ね、敗れ、逃げ、土地を失い続けた日々。

いつか民を安んじる国を持つ。

その願いが、ようやく形になろうとしていた。

むしろを売って暮らしていた若者は、今や広大な益州を治める主となった。

何も持たなかった男が、ついに国を得たのである。

それでも劉備の顔に、晴れやかな笑みはなかった。

この成都へたどり着くまでに、あまりにも多くのものを失っていた。

戦場に倒れた兵。

別れた者たち。

守れなかった約束。

そして、自分を同族として迎え入れた劉璋から、最後には土地を奪うことになった。

それが乱世を終わらせるために必要な道だったとしても、胸の奥に残る痛みまで消えるわけではない。

城内へ入った劉備は、道端に立つ一人の老人と目が合った。

老人は何も言わず、ただ深く頭を下げた。

その姿を見たとき、劉備は自分が得たものの大きさと、背負わされたものの重さを同時に知った。

これは旅の終わりではない。

ここから先、この土地に暮らすすべての者の明日を守らなければならない。

振り返れば、開かれた城門の向こうに、長く歩いてきた道が続いているように見えた。

劉備はしばらく、その遠い道を見つめていた。

やがて前を向き、再び馬を進める。

成都の奥へ向かうその背中に、勝者の誇りはなかった。

あったのは、ようやく手にした国を、今度こそ失ってはならないという静かな覚悟だけだった。

夢はかなった。

だが、夢の中に立つ劉備の胸には、喜びよりも深い余韻が残っていた。


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