2026年7月17日金曜日

三国志 劉備玄徳シリーズ⑧ 再びすべてを失う

三国志 劉備玄徳シリーズ 再びすべてを失う
徐州の城壁に、劉備の旗が再び翻っていた。

曹操のもとを離れ、ようやく取り戻した自分の居場所だった。

集まった兵は多くない。
城も決して堅固ではない。

それでも劉備のそばには、関羽と張飛がいた。

三人で立っている限り、ここからもう一度始められる。

劉備は、そう信じていた。

だが、その時間はあまりにも短かった。

曹操軍が徐州へ迫ったという知らせは、冷たい風のように城内を駆け抜けた。

遠くに見える地平線が、黒く埋まっていく。

軍旗。
騎兵。
槍の列。

曹操は、劉備が再び立ち上がることを許さなかった。

戦いが始まると、徐州の兵は次々に崩された。

城門の外では馬が倒れ、土煙の中で怒号が重なった。
味方の旗が一本、また一本と地面へ落ちていく。

劉備は剣を握りながら、何度も兵を立て直そうとした。

「まだ終わってはいない」

そう叫んでも、声は戦場の音に飲み込まれた。

曹操軍の勢いは止まらない。

前から押され、左右から切り崩され、劉備の軍は逃げ道さえ失い始めた。

張飛の姿は見えなかった。

関羽の旗も、いつの間にか煙の向こうへ消えていた。

劉備は振り返った。

そこにあったはずの徐州が、炎と砂煙に包まれていた。

城の中には家族がいる。
守らなければならない者たちがいる。

だが、戻れば包囲される。

立ち止まれば、残った兵まで失う。

劉備は歯を食いしばり、馬を走らせた。

逃げるしかなかった。

背後から聞こえる戦いの音が、少しずつ遠ざかっていく。

守ると決めた城も、集めた兵も、家族も、兄弟も、すべてが徐州に残されていた。

劉備の手の中には、もう何もなかった。

その頃、関羽は下邳に取り残されていた。

そばには劉備の家族がいた。

逃げ道は曹操軍によって塞がれ、城の外には数え切れないほどの兵が並んでいる。

関羽は城壁の上から、その光景を黙って見つめていた。

ここで死ぬことはできる。

だが、自分が死ねば、兄の家族を守る者はいなくなる。

曹操から降伏を求める使者が来た。

関羽は長い沈黙のあと、青龍偃月刀を置かなかった。

ただ、条件を告げた。

劉備の家族を守ること。
自分は曹操ではなく、漢王朝へ降ること。
そして劉備の居場所が分かれば、必ずそのもとへ向かうこと。

こうして関羽は、曹操のもとへ身を置いた。

裏切ったのではない。

いつか兄のもとへ帰るために、敵の陣営で生きる道を選んだのだった。

張飛もまた、戦場の混乱の中で劉備を見失っていた。

張飛は馬を走らせ、逃げてきた兵をつかまえては問い続けた。

「兄者を見なかったか」

誰も答えを持っていなかった。

ある者は劉備が討たれたと言い、ある者は北へ逃げたと言い、別の者は曹操軍に捕らえられたと話した。

張飛はそのすべてを信じなかった。

劉備が簡単に死ぬはずはない。

自分たちを置いて、消えてしまうはずもない。

張飛は荒れた道を進み、村を訪ね、夜になっても劉備を捜し続けた。

名前を呼んでも、返事はない。

聞こえるのは、風に揺れる木々の音だけだった。

劉備は一人、遠い道を歩いていた。

馬を失い、兵を失い、身につけていた鎧も泥に汚れていた。

夜の冷たい雨が肩を打つ。

振り返っても、誰もいない。

関羽もいない。
張飛もいない。
家族もいない。

何度積み上げても、すべてが崩れていく。

ようやく手に入れた領地も、集まった兵も、守ろうとした人々も、また失った。

自分には、何も残らないのではないか。

そんな思いが、劉備の胸を締めつけた。

道の途中で、劉備は足を止めた。

雨に濡れた地面を見つめながら、桃園で交わした誓いを思い出した。

同じ日に生まれることは願わない。

ただ、同じ日に死ぬことを願う。

あの日、三人は何も持っていなかった。

領地もなかった。
兵もいなかった。
名声もなかった。

それでも三人で歩き始めた。

ならば、今も同じだった。

すべてを失ったのなら、また探せばいい。

関羽は生きている。
張飛も生きている。

二人もきっと、自分を捜している。

劉備は顔を上げた。

暗い雲の向こうが、わずかに白み始めていた。

どこへ向かえば二人に会えるのかは分からない。

明日、何が待っているのかも分からない。

それでも劉備は歩き出した。

領地がなくてもいい。
兵がいなくてもいい。

三人がもう一度そろえば、そこから再び始められる。

離れ離れになった関羽も、劉備を捜す張飛も、同じ空の下を歩いている。

そのことだけを信じて、劉備は雨の道を進み続けた。

すべてを失っても、三人の絆までは奪われていなかった。

そして、その絆が残っている限り、劉備の物語はまだ終わらなかった。


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