2026年7月15日水曜日

三国志 劉備玄徳シリーズ⑥ 呂布に奪われた城

三国志 劉備玄徳シリーズ 呂布に奪われた城

徐州の城門は、固く閉ざされていた。

何度も通ったはずの門が、今は見知らぬ城の入口のように、劉備たちを拒んでいる。

城壁の上には、呂布の兵が並んでいた。

見慣れない旗が風にはためき、槍の穂先が夕日の光を冷たく返している。

その下で、劉備は立ち尽くしていた。

袁術との戦いへ向かう前、この門の内側には、自分を迎える者たちがいた。

家族がいた。

兵がいた。

ようやく守るべき場所を手に入れたのだと、そう思っていた。

だが今、そのすべては城壁の向こうにある。

生きているのか。

捕らえられているのか。

劉備には、何ひとつ分からなかった。

「兄者、門を開けさせろ」

張飛の声は震えていた。

怒りを隠すつもりなど、最初からない。

太い手が蛇矛を強く握り、今にも城門へ向かって駆け出しそうになっている。

「呂布を信じたのが間違いだった。あの男を城へ入れたから、こんなことになったのだ」

その言葉は、城壁に向けられたものではなかった。

劉備へ向けられた言葉でもあり、張飛自身へ向けられた言葉でもあった。

留守を任されながら、城を守れなかった。

酒に溺れ、呂布につけ入る隙を与えた。

張飛の怒りの奥には、誰よりも深い悔しさがあった。

関羽は何も言わなかった。

ただ黙って城を見ていた。

細められた目は城門ではなく、その向こうに残された人々を見ようとしているようだった。

やがて関羽は、静かに長いひげへ手を添えた。

「今、攻めれば、城内の者も巻き込まれましょう」

張飛が振り返る。

「では、このまま引き下がれというのか」

「そうは言っていない」

関羽の声は低かった。

「怒りのままに動けば、さらに失うと言っている」

張飛は言葉を失い、再び閉ざされた門をにらんだ。

風が吹き抜けた。

劉備の衣の裾が揺れ、乾いた土の匂いが立ち上る。

この城を失ったのは、自分の甘さのせいなのかもしれない。

行き場を失った呂布を受け入れ、土地を与えた。

裏切られるかもしれないという家臣たちの不安よりも、目の前で困っている者を見捨てられない思いを選んだ。

その結果が、これだった。

劉備は拳を握った。

胸の中に、呂布への恨みがないわけではない。

城を奪われ、家族を奪われ、再び何も持たない将へ戻された。

門を見上げるたびに、心の奥で黒いものが膨らんでいく。

それでも、恨みだけでは兵を食わせられない。

怒りだけでは家族を救えない。

ここで三人が倒れれば、本当にすべてが終わる。

劉備はゆっくりと城門へ背を向けた。

「兄者」

張飛が、信じられないものを見るように呼び止めた。

「今日は退く」

劉備の声はかすれていた。

「だが、諦めるのではない」

遠くには、暮れかけた空と、どこへ続くのか分からない道が伸びていた。

その道の先に、味方がいる保証はない。

食料も、兵も、泊まる場所さえ十分ではなかった。

それでも歩かなければならない。

生き残るために。

再び立ち上がるために。

そして、城壁の向こうに残した者たちのもとへ帰るために。

関羽が静かに劉備の隣へ並んだ。

張飛はしばらく城をにらみ続けていたが、やがて蛇矛を下ろした。

三人の背後で、徐州の城門は最後まで開かなかった。

ようやく手に入れた居場所は、もう自分たちのものではない。

だが、三人がともに歩くかぎり、帰る場所を探す旅は終わらない。

劉備は一度だけ振り返った。

夕闇に沈み始めた城壁の上で、呂布の旗が風に揺れていた。

その姿を胸へ刻み、劉備は前を向いた。

何もない道の先に、まだ生き残る道があると信じて。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
コータのAmazonページへ

よろしければ、
のぞいてみてください


0 件のコメント:

コメントを投稿