成都の空は、朝から重く曇っていた。
雨が降るわけでもなく、風が吹くわけでもない。
ただ灰色の雲だけが宮殿の上に低く垂れ込め、何かが届くのを待っているようだった。
その知らせは、泥に汚れた一人の使者によって運ばれてきた。
使者は広間の中央にひざまずき、震える声で荊州の陥落を告げた。
孫権の軍が攻め込み、城は奪われたこと。
味方の多くが離れ、関羽が逃げ場を失ったこと。
そして最後に、関羽が捕らえられ、命を落としたことを告げた。
広間は静まり返った。
誰も顔を上げることができなかった。
劉備は玉座に座ったまま、何も言わなかった。
聞こえなかったのではない。
言葉の一つ一つが、胸の奥へ沈んでいくのを止められなかったのだ。
荊州を失った。
国にとって、それはあまりにも大きな損失だった。
しかし、そのときの劉備に領地のことを考える余裕はなかった。
彼が失ったのは、城でも土地でもなかった。
まだ何者でもなかったころから、隣を歩いてきた男だった。
気がつけば、劉備の心は遠い昔へ戻っていた。
桃の花が風に揺れている。
若かった三人は、何も持っていなかった。
国も兵も、立派な名声もなかった。
それでも同じ志を抱き、同じ空の下で生き、同じ日に死のうと誓った。
張飛の大きな声が聞こえる。
その隣には、長い髭を撫でながら静かに立つ関羽がいた。
関羽はいつも多くを語らなかった。
だが、劉備が振り返れば、そこには必ず彼がいた。
敗れて逃げる夜も、寒さに震える道も、誰にも相手にされなかった日々も、関羽は何も言わずについてきた。
劉備がすべてを失うたび、関羽だけは失われなかった。
だから劉備は、どこかで信じていた。
どれほど遠く離れても、いつかまた三人で並べるのだと。
だが、その日はもう来ない。
使者が下がったあとも、劉備は長い間動かなかった。
やがて広間に夕暮れの光が差し込み、家臣たちの影が床に細長く伸びた。
劉備の近くには、いつも関羽が立っていた場所があった。
戦の報告を聞くときも、これからの国を語るときも、関羽はその場所で静かに腕を組んでいた。
今、その場所には誰もいなかった。
ただ空席だけが残り、二度と戻らない男の姿を浮かび上がらせていた。
劉備は、その空席から目を離すことができなかった。
ようやく蜀の地を得た。
長い流浪を終え、自らの国を築いた。
かつて夢に見た場所へ、ようやくたどり着いたはずだった。
それなのに今、劉備の胸に喜びはなかった。
国を得たあとで、最も大切なものを失った。
玉座は広く、宮殿は立派で、多くの兵が彼の命令を待っている。
けれど桃園で誓った三人のうち、一人はもうこの世にいない。
その夜、劉備は眠らなかった。
灯火の消えかけた部屋で、関羽の名を何度も心の中で呼んだ。
悲しみは声にならず、涙もすぐには流れなかった。
胸の中にあるのは、深く冷たい穴だけだった。
だが夜が更けるにつれ、その冷たさの奥に別のものが生まれ始めた。
なぜ関羽が死ななければならなかったのか。
なぜ自分は成都にいて、何もできなかったのか。
なぜ孫権は、長く共に戦ってきた弟を奪ったのか。
答えのない問いが、少しずつ怒りへ変わっていった。
皇帝であるならば、国の行く末を考えなければならない。
兵を休ませ、民を守り、魏に備えなければならない。
諸葛亮なら、そう諫めるだろう。
劉備自身も、それが正しいことは分かっていた。
それでも、関羽のいない場所を見るたびに、正しさは遠ざかっていった。
静かな悲しみは、消えることなく胸の底に沈んでいく。
そしてその底で、復讐という名の炎が、誰にも見えないほど小さく燃え始めていた。
劉備はまだ剣を抜いてはいなかった。
出陣の命令も下してはいなかった。
ただ、空席となった関羽の場所を見つめていた。
しかし、その目はすでに成都ではなく、遠い東の空へ向けられていた。
桃園で交わした誓いを守るためなのか。
亡き弟の無念を晴らすためなのか。
それとも、悲しみに耐えられない自分自身を救うためなのか。
劉備にも、まだ分からなかった。
分かっているのは一つだけだった。
関羽を失ったあの日から、劉備の心は国を治める皇帝の道を離れ、戻ることのできない戦いへと、静かに傾き始めていた。
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