なんで、ここまで追い込まれたんだろう。
あとから見ると、
少しやりすぎたのかもしれない。
長州は、動いた。
外国に向かって砲撃をして、
京都でも戦いを起こしてしまう――
「禁門の変」。
その結果、どうなったか。
気づけば、
周りに誰もいなくなっていた。
味方がいない。
そして幕府は決める。
「長州を討つ」
それが、
「長州征討」。
正直、この時点で――
みんなもう無理じゃないか、と思ったのではないだろうか?
数も違う。
装備も違う。
立場も悪い。
ちゃんと戦ったら、終わる。
そんな空気があったと思う。
でも。
その中で、
まだ終わっていないと思っていた人がいた。
高杉晋作。
体はもう、限界に近かっただろう。
それでも彼は、
勝ち方じゃなくて、
流れの変え方を考えていた。
そこで出てくるのが、
「奇兵隊」
武士じゃなくてもいい。
農民でも、町人でもいい。
「やれるやつでやる」
でも、これがよかった。
動きが軽い。
決断が早い。
しぶとい。
大きな戦いはできないけど、
小さく動ける。
この“ちょっとした違い”が、
あとから効いてくる。
この時点では、まだ勝っていない。
むしろ、まだ負けている側。
でも――
完全には終わっていない状態を、
なんとか保っている。
それだけで、十分だったのかもしれない。
やがて戦いは、
「第二次長州征討」へと進んでいく。
ここで、少しずつ変わり始める。
大きな勝ちはない。
でも、
小さく勝つ。
また、小さく勝つ。
気づいたときには、
流れが変わっている。
このとき打ったものは、
“勝つための一手”じゃなかった。
“終わらせないための一手”だった。
でも――
それが結果的に、
逆転の布石になる。
負ける理由は、いくらでもあった。
それでも、
終わらせなかった。
歴史って、たまに思う。
勝った瞬間よりも、
「まだ負けているときに何をしたか」
そっちのほうが、
ずっと大事だったりする。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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のぞいてみてください

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