人づてに聞いた。
「日の本一のつわものは、真田幸村である」と。
……そうか、と私は思った。
否定はしない。
だが、うなずきもしない。
戦(いくさ)というものは、
名乗った者が勝つ世界ではない。
ましてや、評判で決まるものでもない。
真田幸村――いや、信繁か。
あの男が強いことは、誰よりも知っている。
大阪の陣で見せた赤備え、
あれは確かに、武の極みに近かった。
一瞬の切れ味。
覚悟を決めた者の、捨て身の強さ。
あれを“つわもの”と呼ぶのは、間違いではない。
だがな。
私は思う。
生き残り続けることもまた、武だ。
私は徳川に仕え、
数えきれぬ戦をくぐり抜けた。
傷はあっても、致命傷はない。
それが何を意味するか、戦場に立った者ならわかるはずだ。
幸村は、美しかった。
だが美しい戦は、長くは続かぬ。
「名を残す武」
「時代を越える武」
どちらが“日の本一”か。
それは、見る者の立場で変わる。
もし私が、
豊臣に殉じる立場であったなら、
幸村のような戦いを選んだかもしれぬ。
だが私は、
主を守り、家を残し、
次の時代へ武を渡す道を選んだ。
それでも、あの男の最期には、
一礼せねばなるまい。
敵であっても、
同じ時代に生きた武士として。
「日の本一のつわもの」
そう呼ばれる覚悟を、
あの男は、命で払った。
私はただ、生き残っただけだ。
だが、生き残った者にしか見えぬ景色もある。
戦のない世を、
遠くから眺めることもできる。
だから私は言おう。
真田幸村は、
“最も燃えた武将”であった。
そして私は、
“最後まで折れなかった武将”であった。
どちらが上かなど、
もはやどうでもよい。
武とは、
比べられるものではない。
そう思いながら、
私は今日も、静かに槍を立てている。
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