本能寺の炎が消えたあと、京都には静けさだけが残った。
焼けた木の匂い。
黒く崩れた瓦。
夜明けの空に、まだ薄く残る煙。
そこに、織田信長の姿はなかった。
天下に最も近づいた男は、炎の中で消えた。
その声も、足音も、あの鋭いまなざしも、もう戻らなかった。
けれど、すべてが終わったわけではなかった。
信長が壊したものは、もう元には戻らなかった。
古いしきたり。
動かない世の中。
誰も逆らえないと思われていた力。
信長は、それらを恐れなかった。
燃やし、打ち破り、踏み越えていった。
その歩みはあまりに速く、あまりに激しく、多くの人を震えさせた。
信長が変えたものも、残った。
戦の形。
城の姿。
町のにぎわい。
人が上を目指すという考え方。
生まれや家柄だけではなく、力ある者が前へ出る。
新しいものを使い、古いものを疑い、まだ見えない先へ進む。
それは、信長がこの世に刻みつけた傷跡のようでもあり、道しるべのようでもあった。
本能寺で信長は死んだ。
しかし、信長のあとに残された時代は、止まらなかった。
羽柴秀吉が動き出す。
その目は、信長が見ていた天下の続きを見ていた。
徳川家康もまた、静かに時を待っていた。
急がず、焦らず、それでも確かに次の世へ足を進めていた。
信長が開いた道を、別の者たちが歩いていく。
その道は、血に濡れていた。
炎に照らされていた。
多くの夢と、多くの命の上に続いていた。
京都の町は、何事もなかったように朝を迎える。
店の戸が開き、人が歩き、寺の鐘が鳴る。
けれど、その静けさの底には、まだ信長という名の熱が残っていた。
誰かがその名を口にすれば、炎の音がよみがえる。
誰かが天下を語れば、その背後に信長の影が立つ。
織田信長は、本能寺で消えた。
それでも、信長は残った。
壊したものの中に。
変えた時代の中に。
次へ進もうとする者たちの背中に。
炎のあとに残ったものは、灰だけではなかった。
新しい時代の足音が、そこから始まっていた。
そしてその足音の奥で、信長という名は、いつまでも静かに響いていた。
織田信長シリーズ 完
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