2026年6月12日金曜日

織田信長シリーズ㉚ それでも信長は残った

織田信長シリーズ それでも信長は残った

本能寺の炎が消えたあと、京都には静けさだけが残った。

焼けた木の匂い。
黒く崩れた瓦。
夜明けの空に、まだ薄く残る煙。

そこに、織田信長の姿はなかった。

天下に最も近づいた男は、炎の中で消えた。
その声も、足音も、あの鋭いまなざしも、もう戻らなかった。

けれど、すべてが終わったわけではなかった。

信長が壊したものは、もう元には戻らなかった。
古いしきたり。
動かない世の中。
誰も逆らえないと思われていた力。

信長は、それらを恐れなかった。

燃やし、打ち破り、踏み越えていった。
その歩みはあまりに速く、あまりに激しく、多くの人を震えさせた。

信長が変えたものも、残った。

戦の形。
城の姿。
町のにぎわい。
人が上を目指すという考え方。

生まれや家柄だけではなく、力ある者が前へ出る。
新しいものを使い、古いものを疑い、まだ見えない先へ進む。

それは、信長がこの世に刻みつけた傷跡のようでもあり、道しるべのようでもあった。

本能寺で信長は死んだ。

しかし、信長のあとに残された時代は、止まらなかった。

羽柴秀吉が動き出す。
その目は、信長が見ていた天下の続きを見ていた。

徳川家康もまた、静かに時を待っていた。
急がず、焦らず、それでも確かに次の世へ足を進めていた。

信長が開いた道を、別の者たちが歩いていく。

その道は、血に濡れていた。
炎に照らされていた。
多くの夢と、多くの命の上に続いていた。

京都の町は、何事もなかったように朝を迎える。
店の戸が開き、人が歩き、寺の鐘が鳴る。

けれど、その静けさの底には、まだ信長という名の熱が残っていた。

誰かがその名を口にすれば、炎の音がよみがえる。
誰かが天下を語れば、その背後に信長の影が立つ。

織田信長は、本能寺で消えた。

それでも、信長は残った。

壊したものの中に。
変えた時代の中に。
次へ進もうとする者たちの背中に。

炎のあとに残ったものは、灰だけではなかった。

新しい時代の足音が、そこから始まっていた。

そしてその足音の奥で、信長という名は、いつまでも静かに響いていた。

織田信長シリーズ 完


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