屋島の戦いの中で、
ひとつの場面だけが、
まるで絵のように残っている。
海へ逃れた平家。
それを追う源氏。
戦いの熱はまだ冷めず、
海の上にも、
陸の上にも、
張りつめた空気があった。
そんな時、
平家方の船から、
一本の竿が立てられた。
その先には、
一枚の扇。
赤い扇だったとも言われている。
風に揺れ、
波に揺れ、
船の動きに合わせて、
的は静かに揺れていた。
ただの扇ではない。
あれを射てみよ。
そう言われているような、
源氏への挑発だった。
外せば、
源氏の恥になる。
当てれば、
源氏の名が上がる。
けれど、
そんな簡単な話ではなかった。
的は遠い。
海は揺れている。
風もある。
船も止まってはいない。
誰もが見ている。
源氏も、
平家も、
この一矢に目を向けていた。
その役目を負ったのが、
那須与一だった。
若い武士だった。
しかし、
弓の腕は確かだった。
与一は馬に乗り、
海の中へ進んでいく。
馬の足元に、
波が打ち寄せる。
潮の音。
風の音。
遠くから見つめる人々の視線。
そのすべてが、
与一の背中に乗っていた。
もし外せば、
笑われるかもしれない。
もし失敗すれば、
味方の顔に泥を塗ることになる。
それでも、
与一は弓を構えた。
揺れる扇を見つめる。
急がない。
焦らない。
ただ、
一瞬を待つ。
風が止まる瞬間。
波の動きが合う瞬間。
扇が、
ほんの少しだけ静かに見える瞬間。
その時、
与一は矢を放った。
矢は海風を切り、
まっすぐ扇へ向かっていく。
そして、
扇を射抜いた。
扇は空へ舞い、
海へ落ちていった。
その瞬間、
戦場の空気が変わった。
源氏の側からは、
大きな歓声が上がった。
平家の側からも、
その見事さを認める空気があったという。
敵味方を越えて、
ひとつの技が人の心を動かした。
那須与一の名は、
この一矢とともに語られるようになった。
屋島の戦いは、
源義経が平家を追い詰めていく大きな流れの中にある。
けれど、
その中でこの場面だけは、
少し違う光を放っている。
勝つか負けるか。
追うか逃げるか。
そんな激しい戦いの中で、
たった一本の矢が、
武士の誇りを見せた。
那須与一は、
ただ扇を射たのではない。
源氏の名を背負い、
自分の運命を背負い、
誰もが息をのむ中で、
一矢を放った。
その矢は、
扇を落としただけではなかった。
人々の記憶の中に、
ひとつの伝説を残した。
屋島の海に揺れていた扇は、
今も物語の中で揺れている。
そして、
那須与一の放った矢は、
今もその扇へ向かって、
まっすぐ飛び続けている。
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